シモダの哲学部屋

はいどうも、『シモダの哲学部屋』の時間です!

今日のテーマは「才能」です。

皆さんも、勉強やスポーツ、音楽をやっている時に「才能」の存在を感じたかもしれません。

最近の遺伝学では、運動神経や芸術のセンスだけでなく、性格や知能なども「才能」の部分が大きいと言われています。

もちろん、科学は「真実」ではなく「仮説」にすぎません。

特に、遺伝の影響を調べるみたいな分野は、完璧な対照実験ができないので

間違ってる可能性の方が高いです。

それなりに信用できる根拠の1つくらいに思っておくのがちょうどいいです。

本題に入ると

現代は、学歴社会や資本主義社会なので、知能が高くて勉強やビジネスが得意な人が「才能」があると言われます。

しかし、これはあくまでも今の時代に限った話です。

狩猟時代は、狩りが得意な人が「才能」があるとされました。

そこではIQや商才がいくらあっても、体力や狩りの才能がなければ無能扱いされて終わりでした。

野球の天才プレイヤーも、野球がない時代・国に生まれていたら運動神経のいい凡人で終わりです。

スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツも、ITのない時代に生まれていたら、そこそこのエリート起業家止まりで、今ほど成功してなかったはずです。

現代に生きていると、『勉強やビジネスが得意な人=才能がある』という図式が絶対正しいと思いがちです。

しかし、「才能」も時代や国によって大きく変わるので、絶対ではありません。

このように、絶対的に正しいと思われているものを、昔の時代や外国の例などを出して「絶対ではない」と否定するのを哲学の「相対主義」といいます(間違ってたらすみません!)

と、まあ今日はこんなところで終わり!

それでは次回も乞うご期待!

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